人の言葉の裏を読めなかった自分…。  フリルンタオル誕生秘話その12 「自由と言うことの幸せ

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 年が明けますと当然の事ながらこのシーズンは「新年会」が幾つもあります、私は若くないですからギリギリの数で止めておこうと思います。が、どうしてもお断りできないとか、やむを得ず…等と言うこともあります。少し前の事でした仕事仲間の責任者が都合でどうしても出られなくそのピンチヒッターとして女性ばかりの100人余りが出席する新年会に出かけました。
 同じテーブルには来賓の方々の他にその会の責任者である70代前半の女性が同席されました、世間話を進めるうちに「お宅の会はいつも御馳走が沢山並んでおりますものね…」このようなことを云い始めました。私は来賓席に座ったためかかなり緊張をしていました「こんなところへ座ってしまいこの会場に自分の事を知っている人がいたらどうしよう…」等と考えていました。言い訳になりますがそんなこともあったのだと思います、なんとこのような返事をしてしまったのです。「私どもの会も
以前は業者のオードブル等をとっていたのですが、なにか中身がないように感じられて役員さんで手分けして作ってくることにしたんです。例えばIさんはから揚げ等、Uさんは煮物がお上手なのでそれをたのみ、私はおにぎりになるかちらし寿司になるかわからないでけどご飯もの…というぐあに…、同じようなものがだぶらないように…」等と言ってしまいました。
 帰宅してから「自分はなんてバカな返事をしてしまったのだろうか…とても恥ずかしい事を云ってしまった…」と、そんなことを云うべきでは無かったのだと。「そんなことはありません、今日のこのお料理は普段家ではお目にかかれないような、凝ったお料理が並んで皆さんそれぞれの腕を振るわれたのですね…」とこのような受け答えをするべきだったのに…と、大いに反省をした次第です。
 お客様とお話をさせて頂くとき「相手はどんな言葉を待っているのか…」「イエス」が正しいのか「ノー」が適切なのかいつも考えているつもりだったのに慣れない席で自分はなんて「軽い言葉」を発してしまったのか…とここ数日後悔しきりです。

この北関東にあるT刑務作業所を後にしたのは梅雨時の雲の切れ間から真夏の様な太陽が照りつける7月の中旬の事でした。駅までの徒歩20分近い道でしょうか帰りはとぼとぼと歩いて帰りました、この時のことを余り覚えていないのが正直な気持ちです。興奮というか自分は見てはいけないものを見てしまった…、知らなくていい事を知ってしまった、或るいはこれは天が自分に見せてくれた世界なのかも知れない…とか、わけのわからない事を考えながらボーっとした気持ちで歩いてきたように思います。
 緑濃い山々が見える200メートル位の大きな橋を渡ったところの木陰で一休みです、汗を拭いながらそばを流れる小川をじーっと見ていました。その水のなんときれいなことでしょう、川底の一つ一つの石も水苔もくっきりと見えます。その「水さん」達ははしゃいでいました流れ来る木の葉を飛び越え石から石へ岩から岩へ「チョロチョロ」「ピチャピチャ」「ビューンビューン」、どこへ飛ぼうがどこへ座ろうがなんの話をしようが全く自由です好き勝手です。好きなところへ行ける、自由な話ができる、勝手にどこへでも行ける、寝ようが起きようが誰に何を言われることもない…、普段自分が思ったことも全く考えたこともないそれらが、宝物のように感じました、自分は宝の山で生活をしているんだ…なんてもったいない事をしていたんだろうか…と。。
 ここの刑務作業所はその時は仕事がいっぱいと言うことで神奈川県にある主に青年が入っている刑務作業所を紹介して頂きました。そこは工事をしており2年後に改めて行くことを約束しました。

 

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