絵手紙を習い、自分に欠けていた「よく見る」「観察する」「よく考える」を学んだようです。

みなさまこんにちは、あるサークル活動の一つとして私は1か月程前から「絵手紙」を習い始めました。絵をはじめ芸術的も美的センスも全く持ち合わせていないのですから上手く描けるはずもないのは分かっています…が、世界に一つしかないものを描きたかったのです。

絵手紙は「下手でいい、下手がいい」この言葉に押されて指導を受けているわけです。「世界に一つしかないものをお客様にお届けしたい…」その思いで始めた絵手紙ですが思いもかけない収穫があったと感じています。

それは描くそのものを「よく見る」「よく観察する」「よく考える」それが必要なわけです…。私は「ハッと」しました、それは今まで自分にはそれが全くと言っていいほど無かったように感じたのです。私生活でも仕事の事でもすぐ決める(即決)です、そして後悔です…、「もう少し考えて決めれば良かったか…」と。かなり手遅れかもしれませんが遅ればせながらこの「よく見る」「観察する」「よく考える」この3つを残された人生に生かしいけたら…と思います。

この「カラー」はかなり以前(20年ほどになりますでしょうか…、)知人より頂いたものです、毎年必ずいくつかの花をつけてくれます、昨秋は3つの鉢に分けました球根はラッキョウの様に白くて可愛いいのです。爪楊枝のような芽が出てきたと思ったらすくすくと竹串のようになりました。そして葉が幾つか広がったと思ったらつぼみをつけていました。そして今年も次々と清楚で可憐な花を咲かせて楽しませてくれます、初めはホワイトでだんだんピンクに変わります、そのような種類なのでしょうか…。今年の秋も植え替えをし鉢の数をさらに増やしたいと今から楽しみにしています。

みなさま今日もお元気で!                                     吉村道子

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「メールでは何も残らない、寂しすぎる…」この言葉に勇気を貰い住職に絵手紙をお送りました。

昨日、私は東京葛飾から生まれ故郷の静岡県富士市へ一人で車を飛ばしました。それは70年来の大親友のH子ちゃんと年に一度会うためです。特に風もなくうす雲が広がったその空は、何か所かのお墓参りをする私達を待っていてくれたような空模様でした。小田原を過ぎると雪は山肌にわずかに残る藍色のくっきりとした富士山が見え隠れします。(新緑の候)とはこのことです、文字通り(若葉が目に染みる)東名を走りぬけました…。 富士迄行きH子ちゃんを乗せて、今は亡きこちらも大親友の沼津にあるSちゃんのお墓参りです。

Sちゃんはまるで日本人形にように色白の卵型の顔、優しく物腰も女性らしい人でした。当時まだ小学生のお嬢さんを一人残し47歳の若さでこの世を去ったのです…。 私は何回かお墓参りをさせて頂いているわけですがお寺さんに心ばかりの菓子折りを届けたのは今回が初めての事でした。

すると住職は「お茶の用意が出来ています、どうぞ…」と,私達は(お茶の用意…)に驚きましたが遠慮なくご住職が立てて下さった抹茶を頂きました。そして今まで見た事もない卵の黄身だけで出来ている水ようかんのような冷たい「夏菓子」も美味しくごちそうになりました。

あれこれ雑談をするうちに「今は寂しいですねぇ~、いろいろな用事もメールでやり取りして済まし、何も残らないのです…」「以前はこのように手紙でやり取りしてこれが残っているわけですよ…」と、何通かの和紙で出来た白い封筒を手に取っていました。

私はメールでのやりとりが「何も残らない…」と、心を痛めている人がいる…、そのような事を考えた事もありませんでした。自分は何という心の浅い人間か、気持ちに奥がないのか…と。

「何も残らない…」この言葉に勇気を頂き習い始めた(超下手な)絵手紙を描き早速、沼津の700年の歴史を持つと云う由緒あるそのお寺のご住職にこの右の富士山の「絵手紙」お送りしました、きっときっとビックリしている事でしょう…。

そして思ったのです、何でもすぐ飽きて長続きをしない私の事を心配してSちゃんが「みっこちゃん頑張って続けるのよ、大切なお客様に心のこもった絵手紙をお届けするのよ…」と、天国からエールをおくってくれているように…。ご住職とも 又、きっときっとお会いしたいと 思います。

(パプリカが2作目です、右が3作目の昨日見た富士山ですアハハ、本人はいたって真面目です)

 

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お蔭様でHPが新しくなりました。如何でしょうか…、皆様のご意見をお待ちしています。ブログも頑張って書かせて頂きます。どうぞよろしく!

吉村道子

 

熱血硬派くにおくん PS4 レベル=難しい 100万点達成!

少し前、PS4 「熱血硬派くにおくん」で何度も中間データーを作成しましたが、最難レベルである、「レベル=難しい」で100万点 を達成しました。

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100万点以上になると30万点に点数が下げられてしまうので100万点が最高です。

テレビゲームがうまいと言われる僕がやっても難しかったですよ。

7週目の暴走族の面は一人の生贄(いけにえ)も出さずにクリアーしました。

これはプロがやっても正直辛いものがあると思います。

ちなみに8週暴走族をクリアーしないと「レベル=難しい」で100万点には達成しません。

 

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この4位のS2ndSightが私です。設定は以下の通りです。

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この設定は天地神明にかけていじっていません。初めから最後までこのままです。

皆さんも100万点目指して頑張って見てください。

僕=「吉村 晃」の熱血硬派くにおくん PS4の動画がyoutubeでいくつもアップロードされているので参考にしてもらえれば嬉しいです。

では皆さん、お元気で!

「『フリルンタオル誕生秘話』その4「背中が気持ちよく洗えるもの」に挑戦!」

こんにちはお元気ですか…、このところの天候不順で野菜の中でも特に葉物の価格が高いと…。その様な時はいつもよりその野菜を使った調理をしたくなったりします。やはり自分はあまのじゃくなのでしょうか…。

 

「無いものは無いのだから、今あるものを生かす…」この言葉が起爆剤となってその「背中が気持ちよく洗えるもの」への挑戦は始まりました。

まず試作の生地探しですそれが手に入らない限りどうする事も出来ません。生地問屋が列をなる横山町へ次女に何度も行って貰いましたがその様なものは無いとの事でした。どこかの展示会の会場でアカスリに使っているピンクや、ブルーの生地を紙テープのように高い天井の端から端へ飾ってあるのを見た時やはりあのようなものがあるんだ…と眺めていたりしました。

思いきって知っているアカスリのメーカーさんに「生地を少し分けてもらえませんか…」と厚かましくお願いしてみましがが「その様な事はしていない」とアッサリ断られました。一歩も進めないまま時間だけが過ぎていきます…、焦れば焦るほどいい考えも知恵も出てこないものです…。

この日もいつものようにレジのカウンターの上を片づけたりしていました…、するとそのカウンターに展示してある小型浄水器の中のろ過装置に使っている中空糸膜(1ミリの1万分の1というもの)の白い糸が目に飛び込んできました。

「アッ、これだっ」と思いました…、どうしてこんな近くにこのヒントはあったのに気がつかなかったのでしょう…どうしてと思いました、。メーカーのM社は上場されているような企業です。普通でしたら小売店等相手にしないのでしょうがこの浄水器をかなり販売していた事もあり、早速桐生の織物工場を紹介して頂きました。

 

この続きは又明日…、みなさま今日もお元気で!                        吉村道子

「『フリルンタオル誕生秘話』その3 (今、あるものを探す…)」

こんにちはお元気ですか…。私の2歳上の実兄は認知症で数年前からその専門の病院に入院しています。昨日はいつものように会いに行きました、やはり行くたびにテンションは落ちています…。その様なところへお見舞いに行く多くの人が状態の悪い方へ引っ張られると聞きます。そう思うと帰ってきた私に家族が「疲れたでしょう…」と、声をかけてくれるこの一言が私に元気を吹き込んでくれているように思うのです…。

 

その輸入商材の販売は私の熱い思いとはうらはらに実にあっけなく、半年位だったでしょうか…終わりを告げました。よく人の真似ばかりする人がいますが、私は人の真似をするのが好きではありません…、真似が出来るうちはいいですが、真似をするものがなくなったらどうするのでしょうか…。

あくまで目標は一つだと思います「人は何を求めているだろうか…」「お客様には何をすれば喜んで貰えるのか…」これに尽きると思うのです。(このときは真似された…と、がっかりと言うか、怒りのようなものでいっぱいでしたが今考えると、バブルがはじけ多くの販売店が売り上げが極端に落ちてあれこれと模索をしていたのだと思います)

空虚というか、重い気持ちの中立ち寄った本屋さんで一冊の本が目に入ります「俺の人生300年」という題名です、早速買い求め一気に読み明かしました。そしてある言葉が突き刺さります「無いものは無いのだから、あるものを生かそう」…と。

早速あるものを書きだしました、10以上は書こうと思いました。○元気な自分がいる ○協力してくれる家族がいる ○良く働いてくれる店員がいる ○商店街に店がある ○いいものを入れてくれる問屋がある と言う具合にそして10個目だったと思います。あの「背中が気持ちよく洗えるアカスリを作る」だったのです…。(そうだっ)それを作ろう!

 

この続きは又明日、みなさま今日もお元気で!                    吉村道子

「『フリルンタオル誕生秘話』その2(人に真似されないものを見つけなくては)」

こんにちはお元気ですか…、何気なくアマリリスの鉢植えを見ますと葉が数センチ顔を出しています、何か凄い発見をしたようなわくわくした気持ちです…。

 

その輸入商材の会社は天井が高い大きな倉庫が何棟もありました。まずコーラ、サイダー、瓶入りの1リットルのオレンジジュース、粉石鹸、マカロニ、スパケティ、イチゴジャム等を仕入れて販売を開始しました。食品は殆どが100円で販売出来ます。お客さんも「うちは子供が多いから助かるわ…」「安くてもおいしいのよね…」と、喜んで下さり、(思い切ってはじめて良かった…)と思いました。

猛暑の日は大きな容器に氷をたっぷり入れてそのオレンジジュースを冷たくして試飲して頂きました。旧盆の頃は故郷へのお土産に買って下さる人もいて12本入りの箱が1日75ケースも売れる日もありました。

声をからして「このジュース果汁100%でおいしいですよっ」と言うより「冷たくなっています、まずは試してください…」と試飲して頂くほうがはるかに説得力があります。

粉石鹸もそうでした「これ、泡切れもいいし汚れも良く落ちますよ」と言うより小袋に数回分を入れて「まずは、お試し下さい…」と言って使って頂く方がいいわけです。このようにして知恵を絞った甲斐があり売り上げは2~30%は伸びていきました。(大変だけど頑張ろう…)と思いました。

毎日、あるいは日に2回もその問屋に仕入れに行く日もありました、運転があまり得意でない夫があのダンプカーがビュンビュン走る国道16号線を行き来していました。車から降りる夫を見ると「ああ…、無事に帰ってきた…」と胸をなで下ろす日がしばらく続きました。その問屋さんの人にも「ホームズさん、そろそろ大きな車を買いなさいよぉ」と言われたのもつかの間でした。それらの商材は近隣の店に真似されてあっけなくその道は閉ざされたのです。

「人に真似さないものでなくては…」、それがフリルンタオル誕生の大きな力になっていきました…。

 

この続きは又明日…、みなさま今日もお元気で!                       吉村道子

「『フリルンタオル誕生秘話』その1 経営立て直しをはかる…。」

昨夜はいつものように桜並木がある近くの土手を夕食後散歩してきました。早くも葉桜が目立ち始めています。暗くてよく見えませんでしたがもうあじさいの葉がぐんぐん背丈を伸ばしているように見えました。

 

平成元年のその中年女性の「あのーあかすりタオルの真ん中に何かついているその様なもの売っていませんか…」と。フリルンタオルを発明するきっかけはこの一言でしたが、それは悪化する店の経営を立て直すために走り出した事でした…。

それから数年の歳月が流れていきました…急激に売り上げが下がっていきます。そうですバブル崩壊です…昭和42年創業の店はそれまでは前年より売り上げが下がると言うような事は一度もありませんでした。   知恵の浮かぶ限りの事を実行していきましたがその落ち方はとどまるところを知りません…。

その様な中、経済新聞の一つの広告が目にとまります、それはどうも輸入商材を激安で販売している商社のようでした。

翌日朝4時起きをして次女が運転する車で飛ばしました…、そこは茨城県にありました、7時前にはついてしまいしばらく待つことにしました。その会社は1000坪くらいはあったでしょうか、かなり広い所に縦横2メートルの木の枠のコンテナのようなものがいくつも積み上がっています。その文字は英語ではなくどうも中国語のようでした…。

出勤してきたその会社の人にわけを話しとりあえず倉庫の中を見せてもらう事にしました。パイナップル、ミカン等のフルーツ缶詰、コーラ、サイダー、ジュース、そしてマカロニ、スパケテー、洗剤等など多種多様です。多くは100円で販売できそうな、きっとお客様には喜んで頂けるだろうと思う品ばかりでした…。 現金取引とのことで早速その中の幾つかを仕入れて帰る事にしました。

 

今日はこちらは雨 です、みなさまのところはいかがでしょうか…。この続きは又明日…、お元気で!

吉村道子

「『フリルンタオル誕生秘話』予告編 まだ見ぬそれに挑戦!」

 こんにちはお元気ですか…、さて今日は来週から書かせて頂きます当社のオリジナル品『フリルンタオル誕生秘話』の予告編を紹介させて頂きます。

 

それは平成元年のある日の事がきっかけで始まりました。その頃まだ当社は現在のところで50坪程の生活雑貨店をしていました。そこに小柄な50歳位の一人の女性が見えました、その人は「あのー、アカスリの真ん中に何かついていて、それで洗うと凄く気持ちがいいんです…、そのようなもの売っていませんか…」と。その方は何度も見えました、私のいないときもいらしたようです。

私は知っている限りの問屋さんと、メーカーさんに電話をしてみましたがそのようなものはないとの事でした…、これがフリルンタオルを作るきっかけでした。

生地と工場探し、形が思い浮かばなくノイローゼのような眠れぬ日々…、背中に血を流しながら続けた試作品作り…。 一番悩んだ形の絶対的はヒントは思いもよらぬ近いところにあり、それを見つけた時の天にも昇るような嬉しさ。

そしてフリルンはついに完成するが販売でいくつのも壁にぶつかりながらも諦めずに挑戦していく日々を前向きに、明るく、楽しく書きたいと思います。

これをお読み下さっている方にフリルンのプレゼントも計画しています。その日は改めてご案内します。

どうぞお楽しみに…。

 

それでは又、来週…       みなさま今日もお元気で!                  吉村道子

「日々、自分で自分を認めて、ほめていこう!」

 

こんにちはお元気ですか…、昨日は自分の経験から「心の病…」について書かせて頂きました。その原因が「正義の味方、月光仮面」のような気の強い思っている事をはっきり言う「自分の性格から来たものではなかったのか…」と気がついたのはほんの数年前の事でした…。ようするに「自分は認められなかった…」「認めてもらえなかった…」と思ったのがその原因だったのだと思います。

 

それでこれから先もそのような「心の病…」にならないために自分を日々認め、そしてほめていこうとと1カ月程前から実行している事があります。

それはエクセルで簡単な表をつくります、縦に日にち横は家事一切、と仕事(主に営業活動)、その他のマスを作ります。その中に家事でしたら毎日やっている当たり前このと、例えば炊事、洗濯、掃除、ゴミだし、買い物、ポストへ行った事、誰と会ったとか全く普通の事を書きこみます。

仕事は電話の受け答え、メールの受配信、サンプル送り、出荷、納品書の発行、送り状の発行、人との出会い等などを改めて書きだしています。

そして予定もその表に書きこみます、直近の予定、長期の予定、営業活動としてやっていくべきこと、半年後の展示会も…。当たり前の事を当たり前にしないのです…。

翌日それらを改めて見ますと「昨日、私って結構仕事をしているのね…」とか「雨も降っていて寒かったのに駅前まで2回も行ったんだ…」など、改めて自分を見つめる事が出来るのです。

特に私のように若くない(70歳)人にはとても参考になります、過ぎた事は本当に忘れてしまうのですが、このように表に分けて記入してありますと一目了然として実に気持ちのいいものです。自分を認めて、ほめるいい材料になっています…。

いつもいつも仕事に追われ特に今は、育毛、増毛「髪の幸せ」を新発売したばかりであれこれと気が焦りますが、夜は季節外れの編み物をしながら好きなテレビを見て自分を取り戻しています。

では、又明日。    みなさま今日もお元気で!                     吉村道子

「「ご縁は半分の人しか頂けない…」と言う発想で気を楽に持とう!」

こんにちはお元気ですか…、今日は私が10年余り前に本当に経験をした事を書かせて頂きます。この話をすると私を知っている人はみんな「涙を流して笑います…」が。

 

 それは死ぬ事が「怖くないのです」、むしろ、死ななければいけない「気持ちなのです…」、そうですね《心の病気です…》何故このような事になったのでしょうか。その理由は最近になって気がついた事なのですが、自分は「否定された…」「おとし入れられた…」と思ったのが原因だと思います。 

 当時私は地域の幾つかの役員を25年ほど続けていました、自分のモットーとしてはボランティアであるわけですから「極力人の悪口は言わない」「特に後に続く人をを盛りたてていく」「正しいと思う事を発言し、それを実行する」等を心して行動していたように思います。(結果論ですが、それが気に入らない人の心を逆なでしていたのかも知れません…)

 が、それはあっけなく、そして非常にそっけなく終わりました…、一生懸命にやってきたつもりの自分にはそれが非常につらかったのでしょう…「大人の世界でこんなのありなの…」と。

 何故「死ぬ…」事から、解放されたのでしょう…それは自分の中である法律を作ったのです。「どんなに頑張っても、どんなにその人と仲良くしようと努力をしても、最高でもご縁はこの世の人の半分しか頂けない(どんなに頑張っても、この世では半分の人としか仲良くなれない)」と。

 それは「神様が決めた事」でどうしようもない事だと。そうです「神様が決めた事…」この発想が生まれた時信じられない程気が楽になりました…。自分はなんて馬鹿な、くだらないことを思っていたのだろうと…。

 

 多くの人が新しいスタートを切っています、友達、先生、先輩、同僚、上司、取引先、お客様等など…、でも「ご縁は最大でも半分しか頂けない…」この発想はかなり気を楽にさせてくれると思い ます。

 

 では、又明日…。  みなさま今日もお元気で!       吉村道子